『シャーデンフロイデ(独:Shardenfreude)とは、他者の不幸、悲しみ、苦しみ、失敗を見聞きしたときに生じる喜び、嬉しさといった快い感情。ドイツ語で「欠損のある喜び」「恥知らずの喜び」の意味である。日本語で言う「様を見ろ」の感情であり、日本でのシャーデンフロイデの類義語としては「隣(他人)の不幸は鴨(蜜)の味」、同義の「メシウマ((他人の不幸で)飯が美味い)」という俗語が近い物として挙げられる』Wikipediaより
「他人の不幸は蜜の味だよなぁ」という人がいる。困っている人の話を聞きながら、笑顔が抑えきれない様子が垣間見える。確かに、シャーデンフロイデは誰の心の中にもあるのかもしれない。しかし、ご機嫌な様子を見ながら、自分のなかに違和感が生まれてくるのもまた事実。このザラザラ感は何だろう。
他人の不幸を知ることで、自分の位置づけを確認しているのだろうか。自分はより良い場所にいると。もっと幸せであるのだと・・・。テレビや新聞、インターネットで世の中の不幸な出来事を知ることは出来る。簡単に比較対象を見つけ、自分を持ち上げることが出来る。でも、本当にそれでいいのだろうか?
相対的な比較感ではなく、自分の絶対的な位置づけを確認していきたい。周囲とは独立した存在として、自分を幸せだと感じられるように。そして、幸せな心をもって、関わる人の幸せを心から喜べるようになれたら、それに勝る喜びはないはず。
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